Q 夫婦がさらに恋愛時代よりも愛を深めていくためには、一番大切なエッセンスはなんですか?
A 夫婦によって違います!
これはよくある質問です。実は、とても難しい質問なんです^^;
それは、同じ夫婦関係は一組もないからです。
しかし、それでは身も蓋もなくなるので、基本ラインをお伝えしたいと思います。
まず、恋愛と結婚の違いです。
●恋愛と結婚は、その関係性が違います。
恋愛も結婚も空想以外は、一人では出来ません。
相手の存在が必要です。
恋愛と結婚では、その相手との間にある関係性が違うのです。
恋愛の関係性は、お互い恋愛の対象としての合意があって、友情関係と同じようにお互いを信頼して大切にする関係に、プラスお互い異性として尊重して、そこに年齢に応じた健康的なセクシャルな関係が入ってきます。
そして、健康的な恋愛の基本的な目的は、友情よりも親密な関係性を持って、お互い自分と相手を尊重しながら精神的にも感情的にも身体的にも相手に自分自身を分かち合うことで、共に人間として幸せな体験を共有することです。
もちろん、お互いの違いから喧嘩することもあるでしょうが、喧嘩をしてもお互いの気持ちを話し合い、仲直りすることも出来ることが含まれます。
したがって、お互いにとって幸せな恋愛は、お互い人間として、男性としても女性としても、お互い健康的な自尊心を育んでくれるし、お互い自分の苦しさや辛さや悲しみなどの体験も共有して受けとめていけるので、人間としても成長していく関係といえます。
●幸せな恋愛=まず人間関係という土台があり、そこに友情関係、そして男女関係がのってくるという感じです。
理想は、お互いがこのような認識をもって恋愛することです。
そうすると、お互いの人間としての相互理解も深まり、一生やっていこうとお互いが思えれば、タイミングをみはからって、自然と結婚に展開していくと思います。
しかし、このような共通認識を持たないまま恋愛して結婚するカップルも多いのも事実です。
この場合、本来、恋愛期間中に明確にしたり、築いておく必要のある、オープンな人間関係を結婚後形成していくプロセスがやってきます。
日本では、お見合い文化があるので、結婚後形成していく夫婦も多いと思います。そして、それもありです。
しかし、お見合いの場合と、そうでない恋愛の場合では、前提情報と状況が変わってくるので、おのずと、そのプロセスも基本的に違ってきます。
恋愛関係でしっかり人間関係を形成されているご夫婦は、次の結婚の説明を参考にしてください。
そうでない場合は、恋愛期間中に、お互いどこまでの人間関係(男女関係ではありません)を築いているか正直に振り返り、お互いのことで知らないことがあれば、「結婚したから当たり前」という思い込みは横にどけて、人間として尊敬しあえるようにお互いの関係を築いていく努力が大切になります。
●結婚の関係性
次に、結婚は、お互い自分と相手を尊重しながら精神的にも感情的にも身体的にも相手に自分自身を分かち合うこと、プラス、実際の生活を共にして、経済的なことや社会的な活動、子育てetc、恋愛中は協力しなくてもよかった内容で、共に生活していくうえで必要な責任や義務などを協働して生活することになります。
●恋愛と結婚の違い
恋愛と結婚の大きな違いは、この生活のための負担が増えるということです。
恋愛と結婚の違いがわかっていないと、ここでの摩擦が致命傷になることがあります。
したがって、夫婦が恋愛時代よりも愛を深めていくためには、結婚の期間や、年齢、仕事や収入の状況、子どもの誕生etc、その時期に応じたライフイベントにあわせて、その時、お互い一番助けや共感が必要なところを協働して、二人で結果を出していくことです。
一番、わかりやすくて、周囲からも評価されやすいのが子育てですが、それ以外にもあったりまします。
子育てについては、お母さんの子育ての燃えつき感もあったりしますので、褒めたり感謝するだけではなく「疲れている」こともねぎらうことはとても大切です。
●<補足>
恋愛関係が友情関係+男女関係、という式が成り立つのは、実は個人主義が導入された現行日本国憲法に基づく社会制度や家族制度の変更にもその根拠があります。
法学者でもあり弁護士だった故川島武宜の著書「日本の社会と生活意識」((株)学生社昭和30年12月5日発行)の中に「友情と恋愛」という項目があります。
ここでは、旧来の共同体生活や家制度のもとでは、男女関係は、愛情があるかないかは問題ではなく「和」が大切で、夫婦は喧嘩をしない、「うまくおさまっている」という消極的なことだけが問題なのであり、むしろ、夫婦が積極的に愛し合うことは禁止されている。嫁が夫と仲がよすぎるというので、「つつしみが足りない」、「家風にあわぬ」という理由で「返された」話をわたくしは知っている。「返されない」までも非難されることはあたりまえ。(133頁−134頁)という記述があります。
そして、こういった道徳が支配するところでは、異性間に友情が成立することは不可能であり、結婚が友情で支えられるのは、偶然であり、むしろ禁止されます。さらに、いきなり恋愛関係が成立すると、それは社会の禁止を犯すものなので、多くの場合理性的な要素を欠き、理性を越えた盲目的な、熱狂的な、爆発的な関係となり、恋愛結婚は多くは失敗するといわれている。(134頁引用・一部要約)という記述もあります。
川島武宜氏は、友情を、【友情とは、「人間」としてひとしく尊重し助け合う精神である。】(136頁)と説明しています。要は、共同体意識や家族制度が優先して、それが支配する関係の中では、個人が尊重されないので、個人と個人の関係性そのものが成り立たないので、友情は成立しないし、ましてや、そこでは恋愛そのものが制度に反するので、許されていなかったというのです。このことから、友情・恋愛は、昔の社会では否定され、健全に育まれてこなかった関係性であり、民主主義・個人主義を前提として、はじめて健全に育まれる、近代の新しい関係性ということがいえます。
したがって、社会の関係の中では、友情も恋愛も、その前に理性をもつ自由な独立した意思の主体としての個人が、お互い自分の意思と責任において関係を築いていくものということになります。
この川島武宜氏の著書は、昭和30年のものでありながら、現在でも、とても説得力を持っているように感じます。法学者が、こんな内容を書いているというのに驚かれた方もいらっしゃるかもしれません。しかし、家族法の分野では、とても大切な考査なのです。
歴史を振り返ると、人間関係は社会制度の影響を受けて成立していることを考慮にいれて理解することが大切だと私は思っています。
祖父母の世代、父母の世代、そして自分の世代、そして新しい世代、法律は成立して施行すれば変わりますが、その制度が実際の社会生活に浸透していくのは、やはり長い時間が必要で、変化にともなう混乱や人間の喜びと痛みが、その時間の中で色々なドラマをうみだしながら、ようやく制度と現実が一致していくことを考慮にいれて、家族関係や人間関係を理解していくことも、制度を越えて、人間としてのこころの繋がりを深めていくのに大切だと思います。

